ヤッスホユック
大村 正子 アナトリア考古学研究所研究員
第7次ヤッスホユック発掘調査(2015年)
第7次ヤッスホユック発掘調査は、日本学術振興会科学研究費基盤研究(A) (25257013 H25~H29)の助成を受けて、2015年8月31日から11月5日まで実施されました。9月には発掘に並行して地中探査を行い、11月1日から5日までは保護屋根の架設に当てられました。
発掘調査区(グリッド)
Area 1: E8/d7, E8/e7, E8/d8, E8/e8, E8/f8, E8, g8, E9/d1, E9/e1, E9/f1,
E9/g1, E9/d1-E9/e1 セクションベルト
全10グリッドの何れも10m x10mです。
発掘調査の目的
2014年度までの発掘調査では、遺丘頂上部(Area 1)で第Ⅰ層:鉄器時代の9ないし10建築層、第Ⅱ層:中期青銅器時代の遺構の礎石群、そして第Ⅲ層:前期青銅器時代の王宮址と考えられる大火災を受けた大遺構を発掘しました。中央の8グリッドで発掘されたこの第Ⅲ層の王宮址は、発掘、及び磁気探査結果から、さらに東西南北に広がるものと見られます。2015年度はこの8グリッドの西側の6グリッドと東側の4グリッドで発掘調査を継続しました。この10グリッドの調査は、来年以降に第Ⅲ層の王宮址の連続部を発掘調査することを念頭に、後期鉄器時代の都市遺構の連続部とそれに先行する建築遺構を発掘調査すること、第Ⅱ層の遺構のプランをより正確に把握すること、さらに、第Ⅲ層の遺構を覆う火災層まで掘り下げることを目的として調査を継続しました。2014年度にヤッスホユックの編年をより正確に把握することを目的として開始したArea2における調査は、遺丘中央部での発掘調査をより進展させるため今年度は休止しました。
1.第Ⅲ層:前期青銅器時代
西側のE8/f8グリッドで、わずかに第III層の王宮址の R19とR22の連続部分を発掘しました。鉄器時代の建築やピットによってかなり壊されていましたが、R22では壁沿いに設置された炉と中型の土器が検出されました。 また、R22の床面には、炭化した小麦の粒が広がっていました。
2.第Ⅱ層:中期青銅器時代
2015年度の第7次調査で明らかになったことの一つは、第Ⅲ層前期青銅器時代の王宮址を覆う火災層の堆積が王宮址の中心軸に直交する軸の両端に向かって急降下していることです。北東隅のグリッドE9/g1では実に急勾配の堆積が確認できます。
発掘区の東面断面図で確認すると、おそらく、紀元前2千年紀に入った頃は、遺丘中央部に高さ3.5 m以上、平らな頂上部の径が35〜40 mの規模の高まりがあったと考えられます。傾斜は約25度もあったようです。
E8/d8グリッドはまだ発掘途中ですが、やはり南西に向けて急降下している焼土層とそれをおおう第II層の土層が観察されました。第Ⅱ層の建築遺構は 前期青銅器時代の火災層を覆うように残存しており、特に南西隅のE8/d8グリッドではこの火災層の急傾斜に沿って壁が構築されていました。また、W256も南に向かって傾斜をもって築かれていますが、その東側に敷設されている日乾煉瓦遺構は、この斜面を上り下りすることを容易にするために敷設された段差のあるステップと考えられます。
このE8/d8グリッドでは、第Ⅱ層の建築遺構は少なくとも2もしくは3層に分けることができますが、東のE9/d1グリッドでも、目下のところ2層に分かれます。一つは、昨年末に確認された大型の礎石遺構です。そして、第2は、その直下の煉瓦敷きのプラットフォームを敷設された大形建築の遺構です。これらのいずれとも同時期なのかはまだ明らかではありませんが、北西端のE8/g8グリッドでは、やはり第Ⅱ層に属すると考えられる曲線のコーナーを持つ建物の遺構R92, R93が検出されました。
この遺構は、北側及び西側のグリッドを発掘しなければ、より詳しいことはわかりませんが、ユニークな構造をもっています。漆喰が塗られた日乾煉瓦壁で区切られたふた部屋の、一方R92には、円形の炉床H30とクッキングポットが見られますが、狭い方の部屋R93には、壁沿いに日乾煉瓦を敷いたベンチが設置され、このふた部屋を区切る壁W238には、躙口のような、小さな開口部が検出されました。
3.第Ⅰ層:鉄器時代
焼土層の高まりの影響を受けているのは第Ⅱ層の建築だけではなく、第Ⅰ層の建築もこの高まりの影響を受けています。特に、第4建築層、第3建築層の大遺構では、この高低差を埋める工夫がなされていたと思われます。E9/g1グリッドの北東隅の高まりの裾に確認された壁(礎石)W264は、南東端E9/d1グリッドの壁W246、W254、W265と共に、中央の高まりの裾部分に築かれていますが、高い部分に築かれていた中央の大型壁群と共に鉄器時代の第4建築層の中心建築であったと考えられます。さらにその上の第3建築層では、中央の高まりには中心建造物が聳え立つように築かれていたことは確かで、第4建築層の残存する石を利用しつつ低い位置に建てられた周辺の建物とともに、 都市の中心を強調していたものと考えられます。
2014年度までに、第Ⅰ層第3建築層すなわち後期鉄器時代の大遺構をおおむね取り外しましたが、E9/d1グリッドの南東部では、中期・前期青銅器時代の遺構を著しく破壊している第3建築層とその下の第4建築層の壁を発掘し、取り外しました。
また、この第3建築層の大遺構に属する回廊の敷石遺構を、昨年E9/f1グリッドで検出していましたが、この敷石遺構を外し、その下から R24、R29を検出しました。いずれも2011年に西隣のE8/f10グリッドで検出され、R29は2012年に北側のE8/g10グリッドでその連続部が発掘調査されており、今シーズンはわずかに残る東コーナー部分を発掘しました。R29の上に載るR24は、2011年に、わずかに西コーナー部分を発掘し、礎石と煉瓦壁が確認されていましたが、今シーズン、その独特な遺構を発掘することができました。
R24:R24は第III層の焼土層を掘り込んで築かれた半地下式の独立した建物で、外部生活面は上層の大遺構建設時に壊されたものと考えられます。R24の壁は礎石の上に日乾煉瓦が 並べられていたもので、内側は漆喰が塗られていました。約6 m四方の矩形の遺構の内部には、2.5m四方の掘り込みがあり、この窪みは周辺の床面から約50cmの深さです。この掘り込みの両脇にある浅い窪みに、総計150個にのぼる土製の織機用錘が検出されました。これらの錘はいずれも未焼成であるため、ラボで注意深く乾燥させ、保存処理を施します。この作業は今シーズンも継続されます。中には少し変わった形もいくつかありますが、ほとんどがドーナツ形をしています。未焼成の織機用錘は、カマン・カレホユックの前期鉄器時代のIId層から多く出土していますが、ゴルディオンでは、前期フリュギア時代の織物工房と考えられる建物から、織機と共に多数検出されています。ゴルディオンの前期フリュギア時代は、カマン・カレホユックのIId層の後半からIIc層すなわち前期鉄器時代末から中期鉄器時代に並行すると考えられます。ヤッスホユックR24では、床面から紡錘車も多数出土しており、R24が織物に関連した遺構であったのではないかと推測しますが、ゴルディオンのように織機のものと考えられるような木製品の断片や骨や木製の針も出土していませんので、現在のところ、確かなことは言えません。
このR24の 床面から30〜40cm上に、多くの土器片および動物骨を含む層があります。これらの土器片は、R24が放棄された後に投げ入れられた投棄物の層と考えられますが、これらの中に、彩文土器の片手付濾過器付水差しや全面に孔が開けられた両手付細口瓶等もありました。これらの土器は後期鉄器時代のものとしても、R24はこれらの土器よりも古く、後期鉄器時代のより古い時期あるいはそれ以前の可能性があります。ゴルディオンやカマン・カレホユックでは、中期もしくは前期鉄器時代からこの未焼成のドーナツ形錘が出土しており、また、R24の建物の形態は、カマン・カレホユックの南区IIc層すなわち中期鉄器時代の遺構R138に非常に類似しています。ヤッスホユックでも中期鉄器時代に年代付けたいところですが、そのための決定的証拠がまだ掴めていません。現在、床面等から出土している、R24の土器資料の整理を進めているところです。
2015年に新たに設定されたE8/d7, E8/e7の2グリッドでは、表層を剥いだ後、第Ⅰ層の最上層に属すると思われる建築の断片的な壁が検出され、2012年にE8/e8グリッドで検出された遺構R45の連続部W106, W245も検出されましたが、明確な平面図を示す程の建築遺構は検出されませんでした。
4.地中探査
2015年度の地中探査は、遺丘北西裾野における「下の町」の探査を継続し、遺構群がさらに南東に広がっていることを確認しました。また、遺丘頂上部の第2の高まりでの探査を開始し、遺構群が残存することを確認しました。この遺構群は、おそらく火災にあってはいないと推察されます。
遺丘中央部発掘区18グリッド(1,800 ㎡)を保護屋根で覆い、遺物をカマン・カレホユック考古学博物館に納め、 今シーズンの発掘調査を11月5日を以って終了しました。
第7次ヤッスホユック発掘調査(2015年)中間報告
西側グリッド
第7次ヤッスホユック発掘調査は8月31日に開始されました。犠牲祭の休暇を挟んで、既にシーズンのほぼ3分の2が過ぎようとしています。
前期青銅器時代の遺構が出土している中央8グリッドの東西のそれぞれ4グリッドでは、後期鉄器時代の遺構を取り外し、1)既に中央のグリッドで一部検出されている鉄器時代のより古い層に属する遺構(R24, R29)を明らかにし、2)昨年礎石が出土し始めた前2千年紀初頭に年代付け得る大形遺構の広がりを確認すること、3)前期青銅器時代の大遺構の東西への広がりを確認すること、を目的として発掘調査を進めており、さらに4)中央部の前期青銅器時代後半に位置づけられる大遺構よりも下の焼土層を検出することを目的に、西に新たに設置したグリッド(E8/d7, E8/e7)では、 第I層の鉄器時代の調査を開始しました。
東側グリッド
R24から大量に出土した未焼成土製錘
また、レーダーによる地中探査と磁気探査が、遺丘裾野と遺丘頂上部とで行われ、裾野では一昨年来検出している遺構群の広がりが、頂上部では現在発掘を行っているArea 1のやや南西にある第2の高まりにおいて遺構の存在が確認されました。
調査は11月初旬まで行う予定です。